大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(レ)164号 判決 1985年9月09日

控訴人

中村信三

右訴訟代理人

古山昭三郎

金子正嗣

正國彦

被控訴人

末村ミチコ

右訴訟代理人

勝野義孝

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、控訴人に対し、昭和五二年九月一日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という。)を、期間五か年、賃料一か月五万三〇〇〇円の約定で賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

2  控訴人は、金井永子(以下「金井」という。)に対し、昭和五五年一〇月一六日、本件店舗を、期間同年一一月一日から三か年、賃料一か月一五万円の約定で転貸し、引渡した。

右契約関係が本件店舗の転貸借であることは、(一)金井が控訴人に対し、保証料として一〇〇万円を支払い、右保証金は理由の如何にかかわらず返却しないと定められていること、(二)金井が控訴人に対し、店舗使用料として売上如何に拘らず毎月末日までに定額の一五万円を支払い、一か月以上滞納した場合は、契約を解除し、即刻本件店舗を引渡す旨の条項があることからも明らかである。

3  被控訴人は、控訴人に対し、内容証明郵便で、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は昭和五七年一〇月一九日までに控訴人に到達した。

4  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、本件賃貸借契約終了に基づき、本件店舗の明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実を否認する。

控訴人と金井との契約(以下「本件契約」という。)は、経営委任契約であつて金井は控訴人の商業使用人にすぎず、本件店舗の転貸借ではない。

このことは、次の事実から明らかである。

(一) 控訴人は本件店舗でバーを経営しており、一〇日に一度の割合で本件店舗に顔を出し、経営の状況を確認し、帳簿のチェックを行つていた。

(二) 本件店舗での営業による各月の飲食税は、毎月の売上金の中から控訴人の名前で支払われ、年度末に納付すべき税金については、控訴人が帳簿を整理して控訴人の名前で支払つていた。

(三) 本件店舗における「バーみわ」の店名は、控訴人が命名したものであり、控訴人は本件店舗を賃借した当初から右店名を使用してきた。

(四) 本件店舗の設備備品は控訴人が所有しており、本件契約後も、本件店舗内のクーラー及びカウンターの取替えを控訴人が行つている。

(五) 本件店舗におけるバー営業の許可は、控訴人が控訴人名で受け、現に控訴人名義で営業している。

(六) 本件契約の契約書の表題は、「経営委任契約書」となつており、本件契約には次の条項がある。

(1) 金井は本件店舗を一か月以上引続き閉店した状態にしてはならない。

(2) 金井は、本件店舗内の装飾品、置物、その他の備品は現在のままとし、内改装の場合は事前に控訴人に通知し承諾を得る。

3  同3の事実を認める。

三  抗弁

1  明示の承諾

被控訴人は、控訴人に対し、昭和四二年八月三一日に本件店舗を最初に賃貸した際、控訴人がいわゆる雇われママを雇入れ、控訴人が自ら接客に当らない形態での営業に使用する目的の範囲内で本件店舗を転貸することを包括的に承諾した。

2  黙示の承諾

控訴人は、本件店舗を被控訴人から賃借した当初の昭和四二年九月から昭和四八年ころまでの間は佐伯紀子(以下「佐伯」という。)と、同年から昭和五五年一〇月ころまでの間は黒川キミ江(以下「黒川」という。)と、本件契約と基本的に同一内容の契約を締結して本件店舗におけるバー営業に当らせ、被控訴人は、佐伯及び黒川が本件店舗で雇れママをしていたときには時々本件店舗を訪れ、右事実を熟知していたから、本件契約の如き契約の範囲内での本件店舗の転貸につき黙示に包括的な承諾を与えたものというべきである。

3  背信行為と認めるに足りない特段の事情

控訴人と佐伯及び黒川との間の契約と本件契約は基本的に同一であり、被控訴人は、佐伯が雇われママとして働いていたときから控訴人の経営形態を熟知していた。また、控訴人の契約相手が黒川から金井に代わつても、本件賃貸借契約には、全く影響を与えず、被控訴人にとつて不利益は存在しない。

従って、控訴人と被控訴人との間の信頼関係は破壊されていない。

四  抗弁に対する認否

全部否認する。

なお、次の事情により、控訴人と被控訴人との間の信頼関係は破壊されている。

1  控訴人は、本件店舗の元の賃借人が被控訴人に無断で控訴人に本件店舗の賃借権を譲渡したので、右無断譲渡につき被控訴人の事後承諾を得るため、二〇歳位の男を被控訴人方に赴かせ控訴人と名乗らせて承諾を得、被控訴人が控訴人本人と会つたのは、当初の契約から五年後である。

2  控訴人は、昭和五二年の本件店舗の賃貸借契約更新手続の交渉において、被控訴人方を深夜訪れ、被控訴人が賃料増額などの話をするとすぐ帰つてしまい、更新契約の成立までに三か月位かかつた。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、まず、控訴人と金井との間で本件店舗の使用に関して締結された本件契約の性質について判断するに、<証拠>によれば、控訴人が本件店舗におけるバー営業を金井に委ねるに当り、控訴人が作成して金井の署名押印を求めた本件契約の契約書の表題は「経営委任契約書」となつており、その契約条項の冒頭には、控訴人は本件店舗における「バーみわ」の経営に関する一切の業務を金井に委任するとの記載があり、その末尾には、金井は本件店舗内の装飾品、置物、その他備品は現在のままとし、内改装の場合は事前に控訴人に通知し、承諾を得るとの記載のあることが認められ、形式上控訴人が本件契約が本件店舗の転貸に当るとみられることを避けようとの意図の下に作為していた跡のあることは歴然としており、また、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、本件店舗における風俗営業の許可は昭和四二年九月控訴人が控訴人の名で受けて以来、佐伯、黒川から金井へと営業に従事する者が変つても、その営業名義人には変動がないこと、本件店舗における営業の店名である「バーみわ」は、控訴人が本件契約前から使用していたものを金井がそのまま引続き使用したこと、本件店舗の什器備品は控訴人が所有しており、本件契約後においても控訴人が本件店舗のクーラーやカウンターの取替を行つたことがあることが認められ、実質上も、金井による本件店舗の使用が本件店舗の転貸ではなく経営委託にすぎないとみうる余地を多分に残すものであることは否めないところである。

しかしながら、<証拠>によれば、(1)本件契約の締結に際し金井から控訴人に対し、かなり高額というべき一〇〇万円が保証金として、理由の如何にかかわらず返却しないとの約定の下に支払われていること、(2)金井は控訴人に対し、店舗使用料として毎月末日までに定額の一か月一五万円を支払うものとされ、右支払を一か月以上滞納した場合には本件契約は解除され、即刻本件店舗を明渡すとの約定の下にその支払がなされてきていること、(3)本件店舗におけるバーみわの営業即ちその仕入れ、販売、水道光熱費、必要経費の支払は、すべて金井の計算と危険負担においてなされ、その営業実績の報告はなされていないし、その報告も義務づけられておらず、控訴人は右営業に関する帳簿類の管理点検などもしたことはないこと、(4)また、本件店舗におけるバー営業に伴う飲食税の納付も金井がその負担において行つていたこと、(5)控訴人は、時折本件店舗に姿をみせることはあつたが、本件店舗におけるバー営業に関し容喙することはなかつたこと、(6)その他、本件契約書上には、金井が本件店舗を他に転貸することを禁止し、これに違反した場合は、契約を解除し、即刻本件店舗を引渡すとの約定があつたことが認められ、右認定に反する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実に照らして考えると、本件契約上の金井の地位を控訴人の単なる使用人又は経営受託者とみることには無理があり、本件契約は、金井の本件店舗におけるバー営業を目的とする本件店舗の賃貸借契約であると認めるのが相当である。

三そこで、次に控訴人の抗弁について順次判断する。

1  明示の承諾の有無

原審における控訴人及び被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、昭和四二年九月、本件店舗を控訴人に賃貸した当時、控訴人の本件店舗でバー営業が、控訴人自ら接客に当るのではなくいわゆる雇われママを使用する形態で行われるものであることを承知していたことが認められるが、被控訴人としては、雇われママはあくまでも控訴人の使用人として、その指揮監督の下に本件店舗を使用して営業するものであると諒解していたにすぎないものであり、右雇われママが独立の営業者となり、本件店舗を転貸と目すべき形態で使用し、営業することまでも包括的に承諾していたものとは認めることはできないから、被告の右主張は採用できない。

2  黙示の承諾の有無

原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、本件店舗におけるバー営業は、昭和四二年九月から昭和四八年ころまでの間は佐伯が、同年から昭和五五年一〇月ころまでの間は黒川がこれに当つていたこと、被控訴人は、佐伯や黒川が本件店舗で働いていたときにもしばしば客を同伴するなどして本件店舗を訪れたことがあり、日常、本件店舗内に控訴人の姿はなく、本件店舗で接客しているのは佐伯や黒川であることは知つていたことが認められるが、右被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、佐伯及び黒川は控訴人の使用人としての雇われママであると思い込んでいたこと、ところが、昭和五七年九月に本件賃貸借契約の更新について交渉すべく電話したところ、応対に出た金井から本件契約の内容を聞き、それからほどなくして本件契約の契約書(甲第二号証)を見せてもらつて初めて本件契約が単なる雇傭契約あるいは経営委託の域を越えるものであることを知り、控訴人に対し、本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたことが認められる(被控訴人が控訴人に対し昭和五七年一〇月一九日本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。)から、被控訴人が本件店舗で接客に当つているのが、佐伯や黒川であり、控訴人自身でないことを知つていたからといつて、本件契約の如き本件建物の転貸借までも暗黙の裡に承諾をしていたものとみることはできないし、他に被控訴人が、黙示の承諾をしていたものとみるべき事情を認めるに足りる証拠はない。

3  背信行為と認めるに足りない特段の事情の有無

控訴人は、被控訴人が控訴人の本件店舗使用の実態を熟知していた旨主張するが、右主張が肯認し難いことは前記判示のとおりである。

かえつて、前記認定判示のとおり、控訴人は、本件店舗を転貸しながら、これを経営委託と装い、右委託名下に本件賃貸借の賃料にほぼ三倍する利を得ていたのであり、控訴人の制肘の及ばない経営者による本件店舗の使用の態様には、その使用者の変動に応じて自ら差異あるものとみるべきことに加えて、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件賃貸借契約における賃料増額、契約更新の際の控訴人の対応にはやや誠意を欠くとみられるところがあつたことが認められることを考慮すると、信頼関係の破壊があると認めるに足りない特段の事情があると認めることはできないものというほかはない。

四以上のとおりであるから、本件賃貸借契約は被控訴人のなした前記契約解除の意思表示により遅くとも昭和五七年一〇月一九日には終了したものというべきである。

五よって、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを是認した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官落合 威 裁判官坂本慶一 裁判官白石史子)

物件目録

東京都中野区中野三丁目一一一番地六一

木造瓦葺二階建の内南側

家屋番号 一四番二六

木造瓦葺二階建店舗兼居宅

一階 一三・二二平方メートル

二階 六・六一平方メートル

現況

木造瓦葺三階建店舗兼居宅

一階一三・二二平方メートル

二階 六・六一平方メートル

三階 一一・五七平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例